ジュニアも、
NEVERに挑める。
「無差別級」の意味を、初代王座決定トーナメントからジュニア選手の挑戦・戴冠例まで、公式記録で確かめる。
9月10日・後楽園で藤田晃生がNEVER王者ウルフ アロンから直接ピンフォール勝ち。試合後に「今日の結果でノーは言わせない」と王座挑戦を迫り、翌11日、10月12日・両国国技館のNEVER無差別級選手権として正式発表されました。
北海道前哨戦:チーム勝利と直接決着を分ける
9月17日・旭川、18日・新千歳空港、19日・室蘭、21日・北見では、ウルフ アロンと藤田晃生が対戦するタッグ戦が行われました。4試合とも決着は上村優也からハートリー・ジャクソンへの勝利で、ウルフと藤田の直接決着ではありません。
王座戦を予想する際は、チームの勝敗に加え、王者と挑戦者のどちらが直接フォール・ギブアップを奪ったかを確認するのが一つの見方です。9月10日の藤田の直接勝利とは区別して記録します。
出典:旭川、新千歳空港、室蘭、北見の公式結果。この追記は9月22日に確認しました。両国のカード・勝敗予想を見る。
なぜ挑戦できるのか
階級をまたぐ王座
名称どおり「無差別級」。公式の王座史では、ヘビー級だけに閉じたタイトルとして扱われていません。
初代決定戦から実例あり
2012年の初代王座決定トーナメント1回戦では、KUSHIDAと田中将斗の対戦が公式発表されています。
挑戦だけでなく戴冠も
ウィル・オスプレイは2019年1月4日、飯伏幸太を破り第23代王者になりました。
「ジュニア選手だから挑戦できない」という制限は、公式記録とは一致しません。ただし、誰がいつ挑戦するかは試合決定の発表が必要です。
「NEVER」と「無差別級」は同じ意味?
同じではありません。NEVERは大会・王座の名称として使われ、「無差別級」は体重区分を越えて対戦できる王座の性格を示します。2012年の公式発表では「初代NEVER無差別級王座決定トーナメント」と明記されています。
このため、IWGPジュニアヘビー級で活動する選手がNEVER戦線へ入ること自体は、制度上の矛盾ではありません。
10月12日・両国でNEVER王座戦が正式決定
9月10日後楽園大会で藤田晃生が王者ウルフ アロンから直接勝利。翌11日、10月12日・両国国技館大会のNEVER無差別級選手権「ウルフ アロン vs 藤田 晃生」が正式発表されました。藤田はBOSJ覇者として、ジュニアの体格のまま無差別級王座へ挑みます。
よくある疑問
ジュニア選手がNEVER王者になった例はある?
あります。ウィル・オスプレイは2019年1月4日に飯伏幸太を破り、第23代王者となりました。
藤田晃生とウルフ アロンの王座戦は決まった?
決まりました。2026年10月12日・両国国技館で、王者ウルフ アロンに藤田晃生が挑戦するNEVER無差別級選手権が行われます。
