GREAT MUTA × GREAT NITA · 1999
グレート・ムタ対グレート・ニタ
1999年8月28日、神宮の魔界大戦。
本物と偽物、毒霧と火炎、ムタの世界と大仁田厚の電流爆破。1999年8月28日、明治神宮野球場。二つの異質なプロレスが、ノーロープのリングで正面衝突した。
THE FACTS
対戦は「ムタ対大仁田」ではなく、ムタ対ニタ。
新日本プロレス公式は、1999年8月28日の神宮球場大会で、ファイナルにグレート・ムタ対グレート・ニタの初遭遇が組まれたと記録している。グレート・ニタは、大仁田厚がムタを模して生み出した別人格だった。
試合形式は、ノーロープ有刺鉄線バリケードマット時限装置付き電流地雷爆破ダブルヘルデスマッチ。通常のロープを外し、リング外周の爆破装置と時限爆破を組み合わせた特殊ルールだった。新日本公式によれば、同年4月10日の東京ドームで蝶野正洋対大仁田厚の電流爆破が初めて新日本マットへ持ち込まれ、神宮ではその異物感がムタの世界と結びついた。
似ているから戦ったのではない。互いの世界観を奪わせないために戦った。
これは闘魂交差点の編集評価であり、公式見解ではない。
WHY GREAT NITA?
「偽物」という挑発が、ムタをリングへ引き出した。
ベースボール・マガジン社の記録では、戦前の武藤敬司はニタを「ムタのパクリ」として不快感を示した。ニタはペイントや毒霧を借りながら、鎌と火炎、電流爆破という大仁田流の道具を持ち込む。
ムタが沈黙と間で観客を不安にさせる怪物なら、ニタは爆発と絶叫で会場を巻き込む怪人だった。表面は似ていても、二人のプロレスは正反対だった。だからコピー対本物という単純な構図を越え、どちらの異界がリングを支配するかという戦いになった。
THE MATCH
火炎、毒霧、鎌、そして時限爆破。
試合開始直後、ムタは爆破に巻き込まれた。ニタは毒霧を使い、鎌と火炎で揺さぶる。ムタも火炎攻撃を試みたが不発。ニタが自ら時限装置を作動させた後、バリケードマットへ落ち、爆発を受けた。
最後はムタが鎌を奪い、ニタを倒して勝利。試合後、ニタは棺桶に収められた。同時代を知るファンには有名な場面だが、ここでは映像の演出を事実以上に誇張しない。確認できる結果は、ムタが特殊ルールの初遭遇を制したことである。
新日本公式の回顧は、観衆が2万8500人だったと記す。予定されていた佐々木健介対高田延彦が大会4日前に中止となる異常事態の中で、ムタ対ニタは大会の最終試合を担った。
WHAT IT LEFT
新日本のリングが、別世界を飲み込んだ夜。
この試合を純粋な攻防の完成度だけで測ると、本質を見落とす。ムタの怪奇、FMW由来の電流爆破、大仁田劇場、新日本の大舞台。それぞれ別の文法が、神宮球場という屋外空間で一つになったこと自体が事件だった。
ムタは本物であることを勝敗で示し、ニタは敗れても大仁田厚の世界を新日本のメインイベントまで持ち込んだ。どちらか一方が相手へ吸収されたのではない。交わらないはずの二つが衝突し、その一夜だけの風景を残した。
だから1999年8月28日は、ムタの代表戦というだけではない。プロレスが技術、勝敗、団体の枠を越え、人格と演出の衝突でも成立することを示した夜だった。
次に読む
出典と編集方針
開催日、会場、観衆、試合形式、大会背景は新日本プロレス公式の神宮大会回顧を確認した。試合経過と決着、戦前の武藤敬司の反応はベースボール・マガジン社の記録を参照した。「世界観の衝突」という意味づけは闘魂交差点の編集評価であり、公式見解ではない。
