選手・歴史

HIROYOSHI TENZAN / FINAL ARCHIVE

天山広吉とは
何者だったのか。

叫び、耐え、何度でも頂点へ戻った“猛牛”。
35年を、記録と6つの転機で読む。

19912026
DEBUT1991.1.11今治市公会堂
G1 CLIMAX3 TIMES2003・2004・2006
IWGP HEAVY4 TIMES第33・35・40・42代
RETIREMENT2026.8.15両国国技館
PROFILE

どんな選手?

一言でいうと

新日本が苦しい時代にも、叫びながら立ち上がり続けた第三世代の中心人物。

戦い方

モンゴリアンチョップで会場を巻き込み、投げ・関節・飛び技で勝負を決める。

残したもの

G1三度、IWGP四度。そして小島聡との「テンコジ」という長い物語。

THE TURNING POINTS

35年を、6つの転機で読む。

01

山本広吉としてデビュー

今治市公会堂で松田納と対戦。ここから35年の現役生活が始まった。

02

天山広吉として凱旋

海外修行を経て改名。中西学を破り、若手から主役候補へ踏み出した。

03

小島聡とテンコジ結成

対立を越えてタッグを結成。最強タッグの一つとして長い物語が始まる。

04

初G1、初IWGP

秋山準をアナコンダバイスで破りG1初制覇。11月にはIWGP初戴冠。

05

“夏男”を証明

2004年にG1連覇、2006年に三度目の優勝。天山の最盛期を記録に刻んだ。

06

小島聡との最後の一戦

両国国技館で引退試合。最後までテンコジの歴史と向き合ってリングを降りた。

SIGNATURE WEAPONS

天山を作った、3つの武器。

01

CROWD CONTROL

モンゴリアンチョップ

左右の手刀と独特の掛け声。攻撃であると同時に、観客全員を試合へ参加させる天山の象徴。

会場を一つにする技。
02

SUBMISSION

アナコンダバイス

2003年G1決勝で秋山準からギブアップを奪った関節技。天山を初優勝へ運んだ勝負手。

頂点をつかんだ技。
03

IMPACT

TTD

相手を高く抱え上げ、頭部から落とす大技。荒々しい猛牛像をそのまま形にしたフィニッシュ級の一撃。

豪快さを刻む技。
FINAL MATCH

最後の相手は、小島聡。

2026.8.15両国国技館

天山広吉引退試合・時間無制限1本勝負

天山広吉VS小島 聡

小島聡○ 9分22秒 ラリアット→片エビ固め 天山広吉●

新日本プロレス公式の試合結果を見る →
闘魂交差点の見立て

最後の相手が小島だったことで、引退試合は単なる記念試合ではなくなった。共闘と対立を繰り返した二人が、最後にもう一度シングルで向き合った。天山の35年を最短で理解するなら、この一戦からテンコジの歴史を逆にたどるのが一番早い。

TWO STORIES

天山を語る、2つの関係。

TEN-KOJI

小島聡とのテンコジ

タッグでは頂点を争い、離れてはライバルとして激突する。友情だけでも対立だけでも説明できない関係が、天山の物語を長くした。

共闘と競争が、最後まで続いた。

THIRD GENERATION

第三世代の中心

小島聡、永田裕志、中西学らとともに、闘魂三銃士の次を背負った。団体が揺れた時期にもリングへ立ち続けた世代だった。

苦しい時代から逃げなかった。
OFFICIAL RECORD

記録が示す、強さ。

  • G1 CLIMAX優勝:3回
  • IWGPヘビー級王座:4回
  • 現役期間:1991年1月11日〜2026年8月15日
CONCLUSION

天山の価値は、
倒れても戻ってきたこと。

頂点に立った回数だけでは、天山広吉は説明しきれない。勢いを失った時期も、負傷した時期も、何度もリングへ戻った。その不器用な粘りこそが、“猛牛”を最後まで愛される存在にした。

SOURCES

公式記録・確認先

確認日:2026年8月23日。試合結果・王座歴・得意技は公式記録に基づき、人物評価は「闘魂交差点の見立て」として分離しています。

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