天山広吉、最後の一戦。
盟友・小島聡と、35年7カ月の答えをリングで交わす。
天山広吉の引退試合結果
小島聡が豪腕ラリアットで3カウント。
天山広吉の引退試合は、テンコジの盟友・小島聡とのシングル戦でした。開始直前、当初の5分1本勝負から時間無制限1本勝負へ変更。天山はモンゴリアンチョップ、ヘッドバット、アナコンダバイス、天山スープレックスを繰り出し、最後まで勝負を求めました。
勝敗よりも、二人が積み上げた時間を刻む試合。
タッグ王者として並び、タイトル戦やG1決勝では向かい合った二人。最後の相手が小島だったことで、天山のキャリアそのものが一試合に凝縮されました。
なぜ最後の相手が小島聡だったのか
天山と小島は、単なる長年のタッグパートナーではありません。頂点を一緒に獲り、同時に互いの壁にもなった関係です。その三つの顔を知ると、引退試合の重みが見えてきます。
盟友|テンコジ
テンコジとしてIWGPタッグ王座を6度獲得。互いの長所と弱点を知り尽くした、天山のプロレス人生を代表するパートナーです。
最後に向き合う資格を、最も長く積み重ねた相手。
好敵手|2005年の両国
2005年2月、IWGPヘビー級王者・天山と三冠ヘビー級王者・小島が両国で激突。二人の関係が友情だけではないことを刻みました。
並んだ時間と、競い合った時間の両方がある。
決勝の相手|2006年G1
天山が3度目のG1優勝を成し遂げた決勝の相手も小島でした。天山の大きな勲章のすぐ隣に、小島の名があります。
最後の試合は、キャリアの答え合わせでもあった。
9分22秒を、4局面で追う
試合は短くまとめられた記念試合ではありません。天山が受け、耐え、代名詞を返し、小島が真正面から介錯するまで、二人の関係が攻防として積み上がりました。
開始前|5分を拒み、無制限へ
当初発表は5分1本勝負。天山はリング上で「とことんやりたい」と時間無制限を要求し、棚橋弘至社長が認めました。別れの儀式ではなく、勝負として最後までやり切る選択でした。
ゴング前に、引退試合の性格が変わった。
序盤|倒れず、モンゴリアンで返す
小島のショルダータックルを受けても天山は倒れず、自らタックルで反撃。逆水平チョップの連打にはモンゴリアンチョップを重ね、ヘッドバット、串刺しラリアット、ブレーンバスターへつなぎました。
受けてから返す、猛牛の試合運び。
中盤|絞め技と投げで勝ちを狙う
アナコンダバイスで捕獲し、ムーンサルトプレスも狙いました。阻止されても天山スープレックスで投げ、アナコンダマックスで再び締め上げます。技を見せるだけでなく、最後まで勝ち筋を探しました。
代名詞は思い出ではなく、勝つための手段。
終盤|1カウント返しの先で決着
コジコジカッターから豪腕ラリアットを受けても、天山は立ち上がり、さらに一撃を1カウントで返しました。最後は小島の渾身の豪腕ラリアットで3カウント。試合後は握手と抱擁を交わし、天山が小島の手を掲げました。
9分22秒、小島が真正面から介錯した。
天山は最後まで、勝負を降りなかった。
短時間の記念試合で終えず、時間無制限へ変更。自分の技を出し切り、小島の一撃を受け止めました。引退試合を「過去を振り返る場」ではなく、現在のレスラーとして戦う場にしました。
テンコジの物語は、勝敗の先で完結した。
試合後の握手と抱擁、そして小島の手を掲げた天山。その場面まで含めて、二人の長い共闘と対立に一つの区切りがつきました。
両国でつながった3つの節目
頂点同士で激突
IWGPと三冠、それぞれの王者として向かい合う。テンコジが最大のライバル関係へ変わった一夜。
G1決勝で再戦
天山が小島を破り、3度目のG1制覇。天山の復活を決定づけた大きな節目。
最後の一騎打ち
同じ両国で引退試合。盟友と好敵手、二つの関係を抱えたまま最後まで戦い抜きました。
引退式まで含めて、物語は完結した
試合後に起きた出来事は、花束贈呈だけではありません。天山の35年7カ月を形づくった「友情」「世代」「新日本一筋」という三つの軸が、リング上で一つずつ回収されました。
飯塚高史との友情が戻る
飯塚は天山を襲撃し、アイアンフィンガーまで装着。しかし小島が止めたあと、天山は加勢を断り、自分の言葉で友情を呼び戻そうとしました。最後は握手と抱擁が成立。2008年の裏切りから続いた因縁に区切りがつきました。
テンコジだけでなく、友情タッグの物語も完結。
35年を知る顔ぶれが集結
永田裕志、小島聡、棚橋弘至に加え、金本浩二、秋山準、馳浩、武藤敬司、長州力、藤波辰爾、蝶野正洋らが登場。同期、好敵手、師、軍団仲間という異なる時代の関係者が、天山の歩みを立体的に示しました。
功績の列挙ではなく、人間関係で経歴を見せた。
10カウントから次の人生へ
天山は両国への思いと、支えた仲間・関係者・ファンへの感謝を自分の言葉で伝えました。10カウントゴングの後は本隊選手が胴上げ。最後まで観客と触れ合い、35年7カ月の現役生活を終えました。
引退は消える瞬間ではなく、感謝を手渡す場になった。
