アントニオ猪木|1960–1998・燃える闘魂

19601998
ARCHIVE FILE
1960—1998

CLASSIFICATION
CONFIDENTIAL

RING
COORDINATES
ARCHIVE
1960—1998
ANTONIO INOKI
CONFIDENTIAL DOSSIER

アントニオ猪木

とは何者か
異名燃える闘魂

プロレスの可能性を、リングの外まで広げた創設者。

1960—1998活動期間
1960デビュー
燃える闘魂異名
初代IWGP王者代表実績
一言でいうとプロレスの可能性を、リングの外まで広げた創設者。
戦い方関節技、打撃、異種格闘技戦で緊張感を作る。
残したもの闘う姿勢と問いを、新日本の根に残した。
結論

6つの転機で、その軌跡を読む。

アントニオ猪木は、新日本プロレスを創っただけでなく、プロレスを社会と世界へぶつけ続けた人物である。異種格闘技戦やIWGP構想を通じ、完成した答えではなく『プロレスとは何か』という問いを残した。

01
1960
プロレスデビュー
02
1972
新日本プロレス旗揚げ
03
1976
モハメド・アリ戦
04
1983
IWGPリーグ開催
05
1987
初代IWGP王者
06
1998
東京ドームで引退
011960|プロレスデビュー力道山門下でデビューし、後に独自のプロレス観を形成した。
021972|新日本プロレス旗揚げ新日本プロレスを旗揚げし、団体の理念とリングの中心を同時に担った。
031976|モハメド・アリ戦モハメド・アリとの異種格闘技戦で、プロレスを世界的な議論の場へ押し出した。
041983|IWGPリーグ開催IWGPリーグを開催し、世界一を決める構想を具体的な大会へ変えた。
051987|初代IWGP王者初代IWGPヘビー級王者となり、自らが構想した最高峰の象徴を担った。
061998|東京ドームで引退東京ドームで現役を引退。最後まで観客へ言葉と問いを残した。

代表技

01
HOLD関節・絞め
TECHNIQUE FILE NO.01卍固め相手の体を複雑に固める象徴技。
02
HOLD複合関節
TECHNIQUE FILE NO.02コブラツイスト勝負どころで流れを引き寄せる。
03
IMPACT蹴り
TECHNIQUE FILE NO.03延髄斬り一瞬で会場を沸かせる打撃。

記憶に残る試合・局面

MATCH RECORD 001 · 1972新日本旗揚げ戦

団体の歴史を開始

MATCH RECORD 002 · 1976モハメド・アリ戦

世界へ問いを投げた

MATCH RECORD 003 · 1998ドン・フライ戦

現役最後の一戦

関連資料から、アントニオ猪木をさらに読む

アントニオ猪木は、新日本プロレスを創っただけでなく、プロレスを社会と世界へぶつけ続けた人物である。異種格闘技戦やIWGP構想を通じ、完成した答えではなく『プロレスとは何か』という問いを残した。

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